スコッチシングルモルトの旅(20050916-25)

写真はphoto albumを、またデジカメで撮影した動画はmovie(WMVです)を参考にしてください。

また1日毎のアルバムも中に記しました。

BAのチケットはHISで買った。出発まであまり時間がなかったので、乗り継ぎなど選択枝はほとんどなかった。でも担当者が探してくれて、買うことができた。とにかく行き帰りの飛行機さえ取れれば後はなんとかなる、という気楽な旅だ。

9/16(FRI)成田でDr.UとHISカウンター前で待ち合わせ。なかなかお見えにならない。どうもBAのカウンターに行ったようで、ようやく合流。チケットを受け取って、銀行でGBP(\212.49)をおよそ10万円分(GBP470)購入。だいたいクレジットカードが使えそうなので。両替した銀行の窓口ではまるで飲み屋の呼び込みのように、男性社員が仕切っていた。お腹が空いたのでレストランで朝食を。ホットケーキ、コーヒーセット。出国手続きに向かう。

海外は数年ぶり、成田も変わったようだ。「ようだ」というのははっきり覚えていないので。手続きは簡単で、しかも遅い夏休みなので混んでない。ただBAで荷物を預けるときに、「この荷物は貴方が荷造りしたか?」「知人などから預かった荷物はあるか?」などの質問を受けた。テロ対策とのこと。これは英国内でも同様に質問されるので、ちょっと緊張する、、なにしろ早口の英語だから、、成田ではもちろん日本語です(苦笑)。ゲート16に向かう。最近はどこでも禁煙なので助かる。飛行機内ももちろん禁煙だ。

ほぼ定刻(10:50)どおりに出発。機内での安全情報、シートベルト、ライフジャケット、酸素マスクの使い方などがビデオで流れる。一気に上昇、東京湾が眼下に見える。うきうきする。安定すると昼食が始まる。飲み物は?もちろん、祝杯だから、、ワイン。食事は暖かく、結構美味しい。急に睡魔に襲われて、、熟睡。目がさめると、、もう夕食。またまた祝杯。こんなに乾杯ばかりでいいの?今回の旅の予定は何も決まってないのだ。いや、なにもというと嘘になる。最初の4泊InvernessB&Bに予約済み。到着(現地時間9/16夜)翌日にレンタカーを受け取る。このレンタカーはオートマチック(AT)を予約した。ATは少ないとガイドブックに書いてあったので。それからInverness着が21:45と遅いので、空港から宿までの&タクシーを予約しておいた。インターネットとクレジットカードのおかげですね。それだけ決まっていた。これらの予約はvisitscotland.comからリンクしており予約できた。便利になったものだ。

機内でDr.Uと話、、どうしよう。Dr.Uはスコッチウィスキーの本を買ったそうで、それを見せてもらった。じゃぁ、、シングルモルトの蒸留所巡りをしよう。今回のスコットランドツアーのテーマは「スコッチ蒸留所巡り」となった。これには町田市の小児科医Dr.Yも関係あり。彼は車が大好き。ある車の雑誌にスコットランドの話があり、Isle of Islay(アイラ島)にある蒸留所のなかの「LAPHROAIG」を絶賛する記事だ。それならアイラ島に現存する7箇所の蒸留所、7つの★、、タバコじゃない、そこを全部まわろう。島の大きさは地図で見ると、、人口3000人、車で端から端まで1時間強で行ける。それならOK。Invernessに行くなら、やはりLoch Ness、Lake Nessではない。彼らは誇りを持ってLoch Ness(ロッホネス)という。ネス湖を回ろう、これはクルーズツアーがあるからチケットは現地購入だ。ここまで決まってまた深い眠りにおちた。

16(FRI)14:55定刻、Heathrow着陸。入国審査は早く終わった。担当官が質問する「どこに行くか?」「誰と行くか?」。そんなこと聞いてどうする?なんてことは言えない(笑)。Invernessに行くには、ここで乗り換える。乗り継ぎが悪く、というか、他の便は予約した時点で既に満席。19:50Gatwick発だ。まぁ、ヒースローが成田とするとGatwickはLondon郊外にある近距離ようの空港の一つだ。ヒースロー自体が4つのターミナルがある。古くからある大都市の国際空港は拡張につぐ拡張で迷路のようだ。Gatwick行きのバス乗り場がどこか案内所で聞いた。Central Bus Station、、徒歩で数分。カートに荷物を載せて向かう。地下の通路を進み、エレベーターに乗って上がる。と、そこは工事中のバスターミナル、といっても停留所が数箇所。チケット売り場はない。そこにいた叔父さんにまた聞く、、あっちだ!じゃ、私はチケットを買いに小走りに。National Expressの看板。

16:15発。GatwickもNorthとSouth2つのターミナルがあるので、我々が利用するのがBA(英国航空)というと、それはNorthだと。二人でGBP36(\7650)、成田までのリムジンバスが1人2900円。これより高い。やっぱりイギリスは物価が高いのか。バス停に日本人親子と思われる女性2人。イギリス最初の写真はこの女性にシャッターを押してもらった。[Photo album]。こ一時間でGatwick Northに到着。さっそくチェックインカウンターで荷物を預ける。二人同時に荷物を載せたら、一人づつ、と言われた。荷物の重さを厳しくチェック、、まだガラガラだから大丈夫。Gate番号が記載されてない。Gateは1935に閉じると。ロビーにあるモニター、新幹線などにある発着案内のようなモニターに表示されるから、それを見てGate?に向かえと。アナウンスもない。あれだけ沢山発着があるとアナウンスがずっと絶え間なく続いてうるさいから、これはこれで大人の社会だ。乗り遅れるのはあんたが悪い!ってことか。

ここで、ひとつびっくり、ガトウィック空港の時計が狂ってる。夏時間にしてもずいぶんズレテル。誰も壁にかかっている時計を見ない、あてにしてない。時間があるので、スナック、コーヒーでも、と。サンドウィッチとコーヒー。GBP4.6。そうそう、Invernessの宿に着く時刻とタクシー会社にも確認の電話をするんだ。電話は、日本で携帯電話を借りてきた。g-callの英国用だ。これは英国の番号なので、現地での通話料金が安い、海外に、例えば日本に電話するのでも安い。これもインターネットで予約、成田で受け取ったものだ。さっそく電話、なんとか通じた(笑)。

そうこうするうちに出発の時刻だ。発着モニターに掲示されるのがGateCloseする19:35の確か、、20分前くらい。あっという場に搭乗。満席だ。金髪とブルネットの乗務員2人。あっけなく離陸。外は真っ暗だけど、オレンジ色の明かりが見える。安定すると食事、飲み物はコーラにした。成田からちょっと飲みすぎた。機内で食事が配られると、機内は一気に明るくなった、、それまでシーンとしていたのに、つまり赤の他人なわけ、、それが食事、お酒も、まるで居酒屋状態。乗務員も混じって大声で楽しそう。もうちょっと流暢に話せるなら、、くやんでもしょうがない。眼下は真っ暗で、おそらく高速道路のものと思われるオレンジ色の線が見える。あっというまの2時間、

Inverness Airport到着2145。冷える。国内線なので、ただ出るだけ。出迎えのタクシーは?よく空港でみかけるでしょう、名前を書いたボードを持って出迎える人。いない。外にでる、、と、そこに1台のタクシー、ベンツだ。荷物をトランク(あちらではBootという、最初これが解らなかった、なんでブーツだ!)へ、後部座席に座る。印刷しておいた宿の案内を渡す。20分くらいだと。運転手が「OBANDESU」と言った、確かに言った、聞き違いでではなかった。なんでも元船乗りで日本にも行ったことがあると。BBCのWebサイトで天気をチェックしておいたが、この金曜日が非常に寒い。Invernessの最低気温が1℃だった。車のガラスが曇る、、エアコンで一気に晴れる。周りは真っ暗だ。何も見えない、車のライトで照らされる道路のみ。そこを彼は50MPH(80KMH)くらいで走る。途中で携帯電話が鳴る。なんと話しながら運転を続けた。ちなみに運転中の携帯電話は英国でも違法です。

そうこうするうち大きな明るい建物が、これが24時間営業のスーパーマーケットだった。市内に入ると、まだ人がほんのわずか歩いているものの、とても静かだ、、しかし飲み屋の近くではどこも同じ。橋を渡って宿(Winston Guest House 10)の前に到着。荷物を降ろしていたら、おかみさんが携帯電話しながらでてきた。玄関に人が倒れていた。酔っ払い?宿の女主人が警察に電話していた。どうやら宿泊客でもないが、酔ってドアに寄りかかって座って寝ていた、そこへ車の音を聞きつけたおかみさんがドアを開けたところ、中に倒れこんだ、といった状況のよう。人がとても少ない。インバネスからの夜タクシーGBP12ポンド、これは安い。重い荷物を持って階段を上がる。我々より小柄なおかみさんに荷物を持ってもらうわけにも行かない。シャワーを浴びて、荷解きもせずベッドにもぐった。長い道のりだった、、といっても始まったばかり。

17(SAT)[Photo album]朝は眠い。朝食はコンチネンタルか、、よくわからないまま半地下の食堂へ。一方のカウンターにはコーヒー、ミルク、ジュース、ヨーグルト、シリアル、ナツメヤシ、ピーチなどセルフで皿に。2人ようの席に座ってジュースを流し込む、、それにしても中年男が二人で向かい合って夜明けのコーヒーとは、、どう写るでしょう。まぁ、個人を大切にしてくれる、異文化を受け入れるスコットランドだから問題ないと、、見詰め合ってるわけでもなし(笑)。

そこにおかみさんがオーダー取りにくる。昨晩の男は警察に引き取られていったと、、私はてっきり泥酔かと思ったけど、それほど酔ってなくて寝ていたそうな。まだ凍死するほどでないからいいものの、もうちょっと遅いと凍死しちゃう。(ちなみにこれを書いている今日(11/23)のInvernessの最低気温は−1℃。)メニューを見ながら、いや読みながら、、スクランブルエッグ、グリルドゥベイコン、トマート(トメイトウではなくトマート。スコットランドランドではaiをエイでなくアイ、ということがある。ゲール語の名残か、私は話しやすかった、、もっともおかみさんは聞き取りずらいだろうが)、ティーの場合は熱いポットで。旨い、腹が一杯。食べ終えて、部屋に戻り、外出準備。

まずは日曜日のネス湖ツアーのチケットを買うためにTourinst Informationに行った。橋を渡って対岸に、そのまま市庁舎方面へ上がると右側にTourist Informationがある。階段を上がり、中に。カウンターには宿とその他の予約に分かれていて、その他のほうで「Hello,,I want Ness Cruise ticket」「Today?」「No, tomorrow.tow persons」なんて程度の話だったと思う、彼女はパンフレットを示して説明(した)、結局1番長いタイプを選んだ。これで明日はつぶれる。

次はレンタカーを受け取らなければ。会社に電話する。なかなかでない。やっとでる。話がつながらない、というより私が酷い勘違いをしていた。つまりピックアップする場所をAirportと勘違いしていたので、どうもあちらの言ってる意味が解らない、、Harbour Road 33にあるオフィスに来い、だって。いま貴方がいる場所からなら5分だと。え?5分、、歩いて?とは聞く前にThank you。といって電話をきっちゃった。

地図を見てもHarbour Roadなんてない。そこで目の前にあった郵便局に行き、窓口のおじさんに「Hello, could you show me the way to Harbour Road 33?」すると彼曰く「by car?」私「No, by walk」おじさん首をすくめて、しかし、メモに地図を書いてくれた。「How long to Harbor Rord 33 by walk?」、おじさん「abou t one mile from here, maybe 20 min. or hafl an hour」「Thank you, I'll take a taxi. Thank you very much」と言ったような気がする、、Japanglishを忍耐強く聞いてくれて、しかも地図まで書いてくれたInverness Post Officeのおじさん、ありがとう。

Scotish Hospitalityって、こういうこと?私も日本で外人さんに優しくしよう。スコットランドでは、うるさく「May I help you?」と近づいてこないけど、こちらからつたない英語で話しかけると、丁寧に教えてくれる。考えてみれば静かに道端にたたずむアジア人がいても、静かにいたいだけか、あるいは何か不安なのかわからない。不安があるなら最初にアクションを起こすのは、その不安のあるアジア人なのだ。その下手な英語をニコニコしながら聞いて、しかも郵便の話でもないのに聞いてくれた郵便局のおじさん、本当にありがとう。

とにかくタクシーに乗って、こちらではタクシーは流さずに乗り場で待っている。そこで乗り込む、Harbour Road 33というと、、OKだったかYes,sirだったか、車を出す。数分でレンタカーのオフィスについた(笑)。中に入りカウンターのお姉さんに、、ここでもニコニコ。さっきの訳のわからない英語の主はお前か?なんて表情はまったくない。予約確認メールを印刷した紙を出すと、OK。と、見もしないで、Automatic?か、保険はフルでいいか?国際免許証を、というので見せたけど、よく解らないらしい、、VISAカードで前払い。。

借りた車はルノーMODUS。日本では販売されてない。1.6L AUTOMATIC。快適。簡単なレクチャを受けて、、この時、BOOTという言葉がでた、「What is boot?」おじさん、驚いて、、これだ、と、手で指し示す。荷物を積むのにBOOTをあげて、どうやらリアゲート、トランクのことらしい。

国道A96をおよそ50〜60MPHで走る。空いている。右側通行、郊外では交通量が少ないので交差点は信号ではなくてRunaboutというロータりーになってる。ここに入るときは右からくる車がとにかく優先。左右確認ではなく、とにかく右からくる車をしっかり確認する、これでOK。このシステム、けっこう運転しやすい。長いこと馬車、車の歴史のある国だからかも。

昔、パリの凱旋門前のロータリーでなかなか外に出られなかったことを思い出した。大陸のフランスは車が右側通行で、それだけでも緊張するのに、ましてロータりーはねぇ。イギリスは日本と同じで運転しやすい。もっともほとんどDr.Uがドライブした、、彼は私の運転では落ち着かないらしい(笑)。途中でガソリンセルフ。33.38L 33.32ポンド。1L 0.969ポンド。高い。

なだらかな草原、羊と牛しか見えない街道。マクベスで有名なCawdor Castle入り口を通りすぎる。街道沿いには広告看板がないので運転しやすいし、観光にも最適だ。有名な観光名所の標識は下地が茶色で白文字、白色のアイコンで見やすい。A96のElginから右折してダフタウンへ向かう。お目当てはGlenfiddich蒸留所だ。とにかく案内標識が完璧なので、初めてでも迷うことなく到着。駐車場に。Visitor Centerに入ると、既に数人。アジア系は我々2人のみ。室内写真撮影がOKと聞いて数枚。見学ツアー無料で数分後に始まると、運がいい。

まずはTheaterで創業者の苦労、現在に至る会社の歴史をビデオで。創業者はどこでも凄い!このビデオ5カ国語の説明をヘッドフォンで聞ける。最初に案内人が見学者の国を聞く。ほとんどが英語圏で、ドイツ語と日本語が字幕で表示された。ヘッドフォンからは英語。その後、案内嬢、スコットランド訛りの強い分かりにくい早口英語で蒸留所を案内された。最初にスコッチウィスキーの原料についてのレクチャを10分くらい。その後、ウィスキーができるまでを順に複数の建物を回る。中に入ると、日本酒の酒蔵と同じような香りだ。大きな音がするので、案内嬢の声がほとんど聞こえないこともあるが、聞こえても半分も解らないから同じだ(笑)。その間約1時間半。そして最後に試飲。30mlのウィスキー。

一番美味しい飲み方は?グラスはシェリー用のように上を少し絞ったチューリップ型、まず、ウィスキーを注ぐ。色、香りを楽しむ。次に同量の室温の水、現地の水、を注ぐ。そこで再び、色、香り。そして口に含む。舌、上あごにくる刺激、味、そして鼻に抜けるときの香り。これらは室温の水で割って、アルコール濃度が20%くらいが最高とのこと。でも日本でここの水は飲めない、と、、じゃぁ、せめて水道水でなく、ボトルに入ってる水にしなさいと。小腹がすいたので隣接するレストランでSoup & Bread 2.8ポンド。これがうまい。満足。

ギフトショップに向かう。30年もの小瓶セット2つ。12、15、18年ものセット2つ。合計165ポンド。なにしろイギリスが世界に誇れるもののひとつだ。買い物も済んで駐車場に戻ろうと外にでると、ポツポツと雨が。一気に雨脚が激しくなる。車に乗ったころにはすっかり濡れてしまった。こ1時間のドライブで宿に戻る。小休止。今晩は近所のレストランに行く予定。眠いので、Dr.U先生のショッピングには付き合わずに仮眠休憩。

目が覚めて、それでは夕食に。雨は上がってる。宿の並びにあったイタリアンに行くと、予約なしではダメ、その隣のレストランも、、そうだ、今日は土曜日。どこも同じらしい。市内に向かう、といっても徒歩数分、、プーンとカレーの香り。万国共通、食べるものに困ったら「カレー」「中華」だ。そのカレーショップの入り口には持ち帰りも可能と書いてあるが、中に入る。予約なしでOK。やっと食事だ。と、インドあるいはパキスタン?らしいウェイターが注文をとりにくる。メニューをみても、読んでもよく解らない、、説明を聞くと、どうやら基本のカレー(鳥、豚、海のもの)を選び、辛さを選ぶようだ、、そこでチキンにして辛さはMildに。そしてなにより生ビールを注文。乾杯した。しばらくしてカレーが出される。ボリュームがある、ナンが大きい。ホットプレート(金属の足に熱した平らな石がある)で出されるので、いつまでも暖かい。寒い地方のきめ細かいサービスです。

まずは1日目を無事修了。これなら明日もなんとかなるだろう。ビールとカレーで暖まった体にちょっと涼しい空気が気持ちいい。歩いて宿に帰る。ところで、宿の出入りだが、表玄関の鍵と、部屋の鍵を渡される。表玄関の鍵はオートロックで、とドアが2枚ある。部屋に戻り、シャワーを浴びてベッドへ。TVをつけて見る。BBC Sportsでサッカーをやってる。暫くして睡魔が襲ってきたので、消灯。

18(SUN)[Photo album]Good Morning!いい天気だ。朝食をとって、、今日はNess湖ツアーだ。食後、まだ出発までには時間があるので、外を散歩することにした。日中の温度が解らないけど、日差しは珍しく?いいらしい。半そでの下着、長袖のシャツにゴアテックスの上着(黄色、自転車乗りのときに使ったフード付)、そしていつものデイバックを担ぐ。宿の前の通りの向こうはNess Riverだ。朝日に水面が輝いている。その向こうの高台にはにはInverness Castleが見える。目と鼻の先だ。Tourist Information Center(TIC)が開くまで時間があるので、ネス川沿いに散歩することにした。

綺麗に整備された歩道、道端には色とりどりの花が手入れされている。川岸にはカモメがいる。そうだ、もうちょっとで海なんだ。宿の隣もホテルで、1階にはパブがある。隣はイタリアレストラン、交差点の過度はレストランで地元の食事をだすらしい。交差点の向こうにはインバネスキルトセンターがあり、観光バスがもう2台停車していた。橋を渡って対岸に移る。インバネス城のふもとをとおり川沿いに上流へ進む。綺麗な花壇と中央にオベリスクが。近寄って見ると、どうやら第一次大戦、第二次大戦に出兵し戦死した地元の兵隊さん称えるモニュメントのようだ。スコットランドの兵士は勇猛果敢であったそうだ。靖国神社でもめてるわが国とは大きく異なる点が、この過去の国を守るために命を無くした人への感謝と尊敬の念。Dr.Uと私は、敵国人、、なにかちょっと気まずい気分を味わった。

細い橋を渡り宿の側へ、そこにはホスピスがあった。こういう静かなところのホスピスはいいなぁ。隣が大聖堂。そして宿に。この川沿いのNess Walkでは、ところどころ禁酒の表示がある。私は行ったことがないが、ハワイのワイキキ海岸も禁酒だとか。飲みすぎてゲロなんてもってのほか。そうだ、夕食をならびのイタリアンで食べたいので、予約しよう。店に行くと、昨日そっけなかった店員もニコニコと予約を受けてくれた。週末予約なしで行った我々が非常識なんだ(笑)。

そのままもう一度Tourist Infoに向かう。とにかくみんな近い。ゆるい登り坂にこちら向きに止まっている一台の紫、ラベンダー色のバス。Jacobite Cruiseのバスだ。入り口に細身で背の高い高齢の男性が立って、チケットを確認している。我々の買ったチケットはJacobite Passionといってバスと船の旅、6時間あまりだ。Inverness Bus StatinをでてTourist Information Center前で客をpick upしていく。Passionは大人GBP29.5だ。6つのコースがあり、所要時間も1時間から6時間のものまである。

我々は早かったので、運転手のJimの後ろに座った。これはもう前方がよく見える。Jimは凄い。何が?一人でなんでもやる。運転しながらずっとガイドとして話す、話す、話す(笑)。ずっと、、ときどき私にも解る冗談を言う。乗客が乗ったら人数を確認して、、運転席に戻るとき「Now, closing the door so you can't escape」(といったように聞こえた(笑))。市内は安全運転、30-40MPHを守る、しかし数分で郊外にでると、対面交通片側1車線でなんと50-60MPHだす。ベンツのバスだけど、、よく見るとあまりブレーキを踏まない。ときどき右手で左手の親指をしきりにさすってる。どこか悪いんじゃないか、、妙にドキドキしちゃうが、彼はまったくガイドのアナウンスも乱れることなく50MPHで飛んでいく。

しばし進むと左手にNess湖の水面が見える。色は黒っぽい。右手に古い館が見えたと思うと、ネッシー(現地ではLoch Ness Monsterという)の像?が目に入る。Loch Ness 2000 Monster Exhibitionの文字が。ここでちょうど東京ディズニーランドの***マンションのようにいくつもの部屋に順に入り、そこでビデオが流れるのだ。Ness湖のできた太古の時代から、、ネッシー騒動の経過、最近の状況などを見せる、、これがこ1時間。表にでる前にギフトショップがある。そこで[Nessie to take home]とだいする小さな置物をお土産に買った。ちょうど湖面に姿を現したネッシーという形だ。GBP2.5。更に進む。古い石の橋がある。こちらには石の建造物が多い。木が少ないからだ。それに地震もないし。石をアーチ型に組んである、、ヨーロッパではよく見るけど、落ちないもんだなぁ。

再び、ちょっとInverness方面に戻り、Urquhart Castleに向かう。ここはスコットランドの歴史には欠かすことのできない場所だ。クルーズを運営している会社の名前、Jacobiteはスコットランドの勇士の名前だ。最後はEnglandに負けるが、長いことスコットランドのためにここにこもって戦った。いまその城砦あとに立って戦いの様子を想像すると、こんな小さな城でよく頑張ったと思う。ここにもVisitor Centerがあり、冷えた体を温めてくれる食事ができる。ついでにお土産品も買える。

ここで、スコッチウィスキーのバイブルと言われる「Michael Jackson's MALT WHISKY」の5th Editon, 2004」といくつかCDを買った。Michael JacksonといってもMOON Walkはできない(笑)。彼はエジンバラで育ち、12歳のときに最初のMalt Whiskyとであい、そのときのBRANDはGLEN GRANT 12yr. その後大学を卒業後、新聞記者となったが、好きなMaltのコメントを書いていて、それが本業になった。最初の本は「The World Guide to Whisky」1987、その後Michael Jackson's MALT WHISKYの1st Editonが1989に出版された。初版には約250のブランドが記載されていたが、第4版では750に増えていた。そして、この最新版(5th editon)では1000を超えた。買わずにいられない、、GBP14.99。

CDはCeltec musicの歌手、こちらでは有名、HOLLY SMITHとDarby DeVon。Holly SmithのCDには、誰でも知ってる「Amazing Grace」が入ってる。これはスコットランドの民謡が原曲だとか。Enyaの音に似てる。いまiTunesで聴きながらこれを書いている。この音と、スコッチでこの旅を思い出すのだ。

食事はスープ、ラザニヤ(イタリアンも失敗ない)、炭酸水(これがけっこう旨い。昼間からは飲まない、というより、この後船に乗るので、、いままで船にも酔ったことないけど、なんだか寝不足気味なので用心したのだ)。ネス湖とお城の見えるテラスで食べた。風が強い。と、そこにアジア系のグループ、若い、、急に賑やかになった。みんなデジカメだ。ビデオも。そういえばこのお城で結構年配の旅行者を見たが、ほとんどデジカメです。なぜ解るか?だって撮影した後、背面にある液晶画面で確認するでしょう?あっというまにデジカメは世界を征服したのか。

私のはPanasonicのLZ2、これはコンパクトで「手ぶれ防止」、この手ぶれ防止は絶対お勧め、、なぜ雑誌で取り上げないのか不思議。なんだかんだ言っても高速シャッターにしても「手ぶれ防止」には適わない。LZ2は乾電池なので、充電器いらず、海外でも乾電池あればどこでも撮影可。SDカードに記憶するので、1Gと512MBのSDカードを持っていった。食べ終わって、お城に向かう。

城を取り巻く堀があり、いまは水はない、この堀も狭いし、かかっている橋も小さい。こんな狭いところでEngland相手に戦ったのだ、、石造りの城は、きっと冬は厳しい寒さだったろう。小さな窓からネス湖が見えるが、この景色をJacobite軍の勇士もきっと見たんだろうな、、なんて、ちょっとセンチになる。そろそろクルーズの出発だ。お城の下あたりの桟橋からでるのだが、船がついたら、どこから現れたか、運転手のJimが乗船するときのタラップを一人で移動させている。働き者だ。

船内に入り席を確保。体が温まる。疲れがでて、睡魔が襲う。Dr.Uは好奇心の塊で、さっそく船外にでて景色を見る。私は窓から眺める、、眠い。うとうと。およそネス湖の2/3を進むことになる。ネス湖の東端にくると、そこからは狭い水路になる、Caledonian Canal(カレドニア運河)といってスコットランドの東西を運河で結んだのだ。水位がかなり違うので、途中の水門で船を降ろす。スエズ運河なんかも途中に水門が幾つかあるらしい(行ったことないので)。運河を進む、、左右の岸には民家があり、船が継がれている。車と船。そして終着のTomnahurich Bridgeに到着。船着場、といっても簡単な桟橋だけ、そばにJacobite Co.のOfficeが、そして目の前にはゴルフ場。夕日を浴びて一人プレーしていた。

バスに乗り、またJimのドライブで。市内へ。歩いて宿に戻る。夕食は20:00だ。まだ時間がある、目覚ましセットして一休み。あっというまにベルがなった。シャワーを浴びてイタリアンレストランへ。店の名前は、、確か「Riva」。スパゲッティ、ピザ、ワイン、、旨い。なんでも旨い(笑)。かなり気分も良くなったところで宿へ、、TVをつけてBBC DRAMA。なんだか難しい、、SPORTSにする。解りやすい(笑)。。

19(MON)[Photo album]今日はIsle of Skyeへ行くのだ。そこは娘が英国滞在中に訪れた島でもあり、ぜひ訪れたいと考えていた。InvernessからSkye島入り口のKyle of Lochalshまで片道82マイル(131Km)、そして島内のコース予定が135マイル(220km)そして帰り道は82マイルの合計384マイル(615km)を日帰りで走ろうというわけです。東京から神戸くらいでしょうか。なんとかなるのです。朝食も早めにとって、空はどんよりしているので雨具を忘れずに。雨具で思い出したけど、スコットランドでは傘は役にたちません。何しろ風が強い。雨は街中でも横から吹きつける。ポンチョのようにフードで頭を覆い、体をしっかり防水の効いた素材で濡れるのを防ぐ必要があります。体が濡れて風が吹けば体温が一気に下がって疲れますし、時と場合によっては命に関わることもあります。現在では優秀な素材があるので助かります。Jacobite党の人たちは忍耐強かったのですね。

Invernessからネス湖を左に見ながらA82を南下する。既に書いたとおり対面交通片側1車線で50MPH程度で飛ばしていく。霧雨から本格的雨になってもslowdownすることなし。まったくFlying scotchmanというニックネームのF1レーサーが昔いましたが、、こちらではドライバーは皆、F1あるいはWRCのドライバー気取りだ。英国には既に庶民が乗る自動車メーカーはない。全て外資が入った。

町で見かける車はEUのもので、フランス車を市場よく見かける。ルノー、シトロエン、プジョー。我々の借りた車もルノーだ。MODUSという5ドア、1.6Lオートマチック、エアコンつき。これでイギリスでは1万ポンドくらい。日本でみるTOYOTAのVitsのような感じ。やっぱり高いかも。次に目立つのはドイツ。やはりVWとBMW。ポルシェは2回みた。ベンツは時々。それからVOLVO、SARB。日本のHONDAもたまに。トラックはベンツとVOLVO。それからもっと走っているかと思ったけど、あまり見なかったのがバイクだ。これはちょっとメーカーがわからない。駐車場で見たのがBMW。サイクリストは2人だけ。

3-40分でネス湖とも別れをつげA887へ、林間部へと入る。交通量は少ない。雨はますます激しくなる。20分くらい走ると左右が荒い山肌の渓谷へと向かう。登りだ。木が少ない。地面も雨水が吸収されにくいのか、雨水が鉄砲水のように流れて、一時滝のように見える。フィヨルドのような感じ(フィヨルド見たことないけど(笑))。1時間くらいして一気に下る。と、目の前に海?海を左に見て進むと、左に「EILEAN DONAN CASTLE」が見えた。007ジェームズボンド第1作目のDr.Nohの撮影に使われた有名なお城。しかし豪雨の中、見学することもないと、通過。Skye島への玄関Kyle of Lochalshに到着。ここから長い橋を渡ってSKye島に入る。これが次女のお勧めの島か。雨で見えない。橋を渡り、更にA87を進む。

雨は止む気配もない。Broadfordに入る、と、右側のガソリンスタンド脇にInformationが見えた。給油を兼ねてスタンドに入る。スタンドはセルフだ。車の給油キャップをはずし、給油ノズルを給油口に入れてレバーを引くと給油開始。一杯になると自動的に止まる。そこでノズルを元に戻し、自分が入れた給油器のNo.を覚えて、店のcasherへ、No.を告げると、料金を教えてくれる、というよりレジに表示されるので、払う。

そうそう、英国ではEngland銀行券とScotland銀行券がある。前者はエリザベス女王の肖像で、後者の発行する紙幣にはサーウォルター・スコットなどが描かれている。で、このスコットランドの銀行券は日本では換金できない。まぁ、また行けばいいんだけど、、とにかく勤めてエリザベス女王を残すことにした。国旗もある。英国の国旗というとUNION JACKを思い出すかもしれないが、スコットランドの旗はセントアンドリューズクロスといってやや濃い水色に白いクロスが描かれている。スコットランドの面積は北海道と同じくらいだ。Informationで地図を買う。女子店員に、この雨で道路がcloseするか?と聞いたら、いや、問題ない、だと。本当か?風はふき、雨は横殴りだけど、、まぁ、ここまで来たんだから信じて進もう。

ようやくスカイ島最大の町Portreeにつく。町全体が400m四方に収まるサイズだ。綺麗に手入れが行き届いている町だ。スカイ島はアウトドアのメッカでもある。トレッキングのコースも沢山用意されている。次はスコッチウィスキーでなく歩きか、、いや両方(笑)。そういえば少し小雨だ。Portreeの街中を通過してA87からA855に入る道がわからない、解りにくい、、なんだか私道のような庭先を走る、引き返そうか、、と、ちょっと広い道にでた。そこからはもう周囲に民家はほとんどなく、荒涼とした丘、牧草地帯、あるいは火山爆発の後のような倒れた木。なんと少し日が差してきた。これはきっと晴れ上がるな。

途中でミニバスが止まっていた。どうやらVIEW POINTらしい、らしいというのもただ道が拡張された駐車スペースらしきものがあるだけなんだ。このミニバスがなかったら通り過ぎていただろう。車を降りて、回転する柵、TDLの出口のような一方にしか回転しない、の中に入る。右側は垂直の崖で下には川、そのがけっぷちを歩く。風が強い、飛ばされそうな危険な感じ。体を屈めながら一歩ずつ踏みしめて進む。ちょっと登り、その後下る、一気にくだる、と、風が弱まった。下ると、そこは断崖絶壁の上にある展望台。そこから写真でも見たことのある風景が目に飛び込んできた。海岸から一気に垂直に上がる壁、まるでキルトスカートの襞のようにも見える。そこにいた外人(我々が外人だ(笑))にシャッターを押してもらう。Dr.Uは高いところが苦手とか、高所恐怖症かも。私も得意という訳でもないが、高いところは好きだ。下を見なければいいんだ。車に戻り、更に東側を北上する。有名なVIEW POINTのKILT ROCKが良く見える展望台に行く。

キルトロックの展望台。島の北端をぐるっとまわって西側にでる。DUNTULUM CASTLEの跡。なんとホテルがあった。少し進むと「Skye Museum of Island Life」がある。地球の歩き方「スコットランド」ではお勧めのおゆなので入場。チケットを購入。確かGBP2.0。中には石で作った小さな建物が幾つかあり、そこで生活していた人々の道具、あるいは絵、写真、手紙などが展示されている。彼らの苦労が偲ばれる。まったくなぜ、人々は、これほどまでに厳しい環境で生活するのだろうか。もっと南に移動しないのか。そこで生まれ育って生きて生活、そして亡くなるまで。人は何故生きるのか?なんてことは悩まない。清教徒の精神が脈々と息づいているのかもしれない。現在もこのSkye島北端の地で羊を飼って生活している人々がいる。もちろん、今は車を使って、週末はPortreeへ出ることもあるだろう。毎日喧騒と雑踏のなかで生きている「まこと」には新鮮でもあり驚きだ。子どもの教育はどうするのか?なんて余計な心配をしたけど。

右に海を見ながら南下する。東側の荒々しい風景と異なり、西側の優しい眺め。きっと西側は気温が高く、草も木も多いので優しいのだろう。風も強くない。台地を走っていたがUigにちかづき一気に下る。と、港町Uigだ。フェリーが行きかう。昔はアメリカ大陸との交易などで非常に栄えた港町だ。ここからまたA87に戻る。港から一気に上り、眼下に港が見える。ここから見た風景、そうだ次女が写した写真がここからのものだ、車を止めて写真を撮る。興奮していて食事を忘れていた。

この後はSkye島唯一のMALT蒸留所であるTALISKER DISTILLERYに行くのだ。先を急ごう。再びPortreeを通過してTALISKER方面に右折するポイントの手前にドライブインがあった。そこで腹ごしらえして、再び進む。DUNVEGAN CASTLEという有名なお城があるけど、今回のテーマはMALTなので諦める。二兎追う者は一兎をも得ず、というわけで。A863からB8009へ入る。ここはもう秘境だ。こんなところでウィスキーを造っていた。イングランドの税金から逃れるために人目につかないところで密造していたわけだ。密造には、材料やできたウィスキーの運搬に便利なところがいい。となると港、無理やり切り開いた港がいい。そこで島に蒸留所ができたというわけだ。

TALISKER DISTILLERYのギフトショップの閉まるのが早いと勘違いしていた我々は急いだ。しかし1時間も余裕で到着。さっそくVISITOR CENTERへ。年配の女性がカウンターの中に。既に数人の客がいた。ショーウィンドウ内のボトルを見る。れいのSkye島の地図をあしらったラベルの瓶だ。ここでしか買えない、、えいや!っと。25-Year-old,Bottled 2004を購入。これはアルコール濃度57.8%、21000本作られた。私のいま手元にあるボトルのラベルにはBottle No. 11143と印字されている。値段?それは秘密です(笑)。

目的を果たした。明るく冴え渡った空を見上げてにんまり、さぁ、またInvernessまで突っ走る。このあたりの地形はまるで氷河が削りとった跡のよう。周囲の山には木はない。低い草が少しあるだけ。写真でみた北欧とそっくりだ。ヘルシンキのフィンランド在住の友人からも来るように言われて久しい。次は北欧かな。車の運転大好きというDr.Uのおかげでラクチンなドライブを楽しんだ。私はほとんど助手席で地図を見ながらナビゲーターだ。途中で疲労の色濃いDr.Uに代わって1.5時間帰路の途中運転した。快適なドライブだ。景色を満喫、ドライブを堪能、Long and winding roadだ。素晴らしい。ドライブだけでも楽しい。

うちのかみさんはガーデニングに凝ってる、、こちらのお城には綺麗な庭、一見荒々しいけど、自然の風味を活かしたいわゆるEnglish Gardenだ。こちらの大学には造園科があり、人気だとか。そいうえばこちらの家はみんな綺麗にペンキで塗ってる。自然の中に人工的なペンキの色の家、これがけっこうマッチする。おしゃべりしながら気楽なドライブ、明るいうちに宿に戻った。運転して気づいたけど、こちらでは距離がMileで表示されるけど、その数字がおよその所要分になる。つまり30Milesなら30分だ。ちょうど北海道で30kmが30分と同じかな。シャワーを浴びてちょっと仮眠、、夕食は中華にしようときめた。

Dr.Uも私も好きなのは中華。25 UNION STREETにあるMANDARIN PALACE。TAKEAWAYもできる。出前もしてくれるらしい。はっきりした味だ。甘いものは甘い、酸っぱいものは酸っぱい。懐かしい中華だ。生ビールを飲んで、たっぷり中華を堪能した。量は多いので女性ならFried Rice(いわゆるチャーハン)1品を二人で充分かも。とにかくボリュームが多い。腹一杯。店をでると外はシーンとして静か。お店のショーウィンドウを見る。と、バグパイプのミニチュア版とか。日本のお琴や三味線のような位置づけか。ちょっと冷たい風に吹かれながら宿に戻る。シャワーを浴びてベッドに。明日はIslayに行く。宿を予約しないと、、電話するが、個人で電話してもなかなかOKの宿がない。私の英語が変なのでダメなのかも。後で確認したけど、Islayの人口は3000人で、宿も少ないのだ。いいやいきあたりばったりで、、疲れて爆睡。

20(TUE)[Photo album]さて、Invernessに4泊。Invernessを基地にして周辺を回ったけど、MALTの蒸留所巡りで欠かせないのが、Isle of Islayだ。そもそもDr.Uとスコットランドツアーを計画したきっかけが、椿山荘の地下にあるメンバー制のバーで、Dr.UはLAPHROAIGをボトルキープしていた。そこに2次会で流れたときに、これは旨い、と。そこで、一度スコットランドに行こう。最初はアイルランドのダブリンで国際神経学会があるので、そこにDr.Uは行くと。私は関係ないけど一緒にでかけて遊びたい、と。話が弾んだのです。

その後、酒の席でのできごと、話だから忘れていたものの、今年の4月の連休に、町田の小児科医グループとハイキング、バーベキューに行ったときにDr.Uも参加して、そういえば、あのアイルランドの旅、どうしましょう?アイルランドの学会には行きませんと。それじゃ、、スコットランドのモルトツアーもいいかも、とか、話が弾んだ。そしてまた忘れていた。で、夏に会ったときに行きましょう、と、急遽、決定。で、スケジュール、宿、どこを回るかは「まこと」に任せると。そこで、付け焼刃でスコットランドを検討。主にVISITSCOTLANDのWebサイトを参考にしました。いまこうして思い出して、インターネットで検索しながら書いていると、もっと下調べして行けば良かったなぁ、、まぁ、また行くときの口実にしよう!と。

まだ宿取れてないので、、Tourist Information Centerに行く。カウンターに座っていた「Bob」。彼にこちらの都合を話して、宿を予約してもらうことに。今日2人1泊だけど、、今日?彼は電話をかける、、空きがない、、3箇所目のB&B。地図を示しそこは中心の町BOWMOREではないが、いいか?もちろん。宿の名前はANCHORAGE。BRUICHLADDICH DISTILLERYの並びだ。これは好都合。2人でGBP39。するとBobは、車で行くならIslayに渡るにはFerryだけど、チケットはあるのか?もちろん、ない!すると彼は隣にあるフェリー「CALEDONIAN MACBRAYNE」の事務所へ連れて行ってくれて、こちらの都合を話してくれた。

その事務所はまだ開設したてのようで、受付の脇にはHPのPCやPRINTERのダンボールが置いてある。受付嬢はさっそくPCに向かって予約。で、行きはKENNACRAIGからPORT ELLEN、翌日帰りはPORT ASKAIGからKENNACRAIGで、車(GBP72)と2人(GBP27)で合計GBP99。さてVISAで支払う。サインして、チケットが印刷されてくるはず、ところが出てこない。どうやら設定が悪いらしい。システムサービスに電話すること**分。結局解決せず。そこで、彼女はKENNACRAIGの担当者に電話して詳細をFAXで送ると。で、我々はレシートとBOOKINGのCONFIRMATION PAPERを受け取り、、オフィスを後にする。この時に、私はどうやら先に予約した宿(ANCHORAGE)の詳細を印刷したシートをカウンターに忘れたのだ。まったく気づかず車で出発した。

先日のSkyeへの朝とはうって変わって快晴!晴れ上がったネス湖は美しい。路面を見ると、センターラインにいろいろあるのに気づいた。つまり、実線が2本、実線が1本、破線、そして実線に重なるように路面にカーブした矢印が書かれているもの。どうも、実線2本は対面通行の両方とも追い越し禁止、実線1本、破線は、破線サイドからは追い越し可、破線だけはどちらも追い越し可、破線に矢印は追い越し中で対向車線に入っている車は元の車線に戻れ、というものです。で、殆どは破線1本。つまり、基本は追い越し可。

A82をどこまでも南下する。左に見えたLoch Nessとも別れをつげて、暫く走ると右手にLoch Linnheの水面が見える。更に進むと橋がかかっている。その橋は1車線なので、、信号がある。赤でしばし停止。橋を渡りきり、A82とも別れを告げて、A828に入る。右手にはまだLoch Linnheが見えるが、大きな湖のような入江なのだ。更に湖岸を進む。速い車が追い越していく、、ポルシェだ。駐車場でキャンピング用のテーブルをだして暖かい日差しのなかお茶?を楽しむ家族づれ。与えられた時間をどうすごすか?これが課題か。先の橋を渡って更に数十分でA85に入り、一気に下り左手に町並みが見えたと思ったら、すぐに大きな港町Obanに到着。

Obanは西スコットランドでも大きな町で、人口はおよそ9000人。多くのFerryが出入りする経済都市であり、同時にアウトドア、トレッキングの基点でもある。ここに滞在して近くの島、ハイキングもよさそうだ。数100mで街中を通過して、、道路が分かりにくかったけど、大きなタンクローリーの後をついて行ったら正解。ちょうど学校のひける時間なのか、途中で大勢の、おそらく中学生に遭遇。彼らは制服を着ていた。制服には賛否両論あるものの、思春期までは制服が一定の意義をもつかも。よく制服だとセンスが身につかないっていうけど、、イギリスにも日本にも優秀なデザイナーはいる。制服のせいにするのもどうかと思う。Obanを過ぎると再び荒涼とした風景が現れる。

A816を行く。途中でA83に入り、ここからまた左側に海が見える。Obanから1時間強のドライブで港町Tarbertを通過。静かな町だ。そこからほんの10分程度で、今日乗るFerry乗り場のKENNACRAIGに到着、のはずが、、どうやら通り過ぎてしまった、、なにしろ看板が地味なので、ちょっと見逃した、、数分で隣町のWhitehouseに入ってしまった。KENNACRAIGへ右折する場所は、左折すると10分ちょっとでKINTYRE半島の東側にでて、ClaonaigからFerryでArran島に渡れるのだ。

われわれはKENNACRAIGに行く、と、そこはまさに桟橋だけの場所。つまり桟橋、利用する車の駐車場、そして小さな平屋Officeの建物。そこにまだ明るいうちに到着。Ferryへのcheck-inは1730までで、出発は1800というところへ、1500頃についてしまった。まだほかの車はいない。一番乗りだ。さっそくOfficeに行き、チケットを確認する。受付には、かなり年配の女性が一人、奥に若い女性が一人。年配の女性に用件を伝えると、奥に行ってFAXを確認。私のもって行った予約時に受け取ったConfirmation of Bookingという印刷物を提示。しばし待つこと、、チケットがPrinterから印刷されてきた。帰りの便もものもある。ほっと安心。

喉をうるおしながらそのへんをぶらぶら、といっても何もない。海岸にむりやり桟橋だけ作ったようだ。すると30分前くらいから車が集まってくる。担当官がチケットを確認にくる。車の窓越しにチケット示す。遠くに小さな船影が、、ほんの10分ほどで入港。Islayからの車が一気に吐き出される。大きなタンクローリーも、、何を積んでいるのか、、Islayは石油もでないし、、あれはWhiskyか。一番乗りしたけど、乗船の順番は一番ではなかった、乗せる順番があるんだ、、前後左右にだいたい同じ重さになるようにすんだな、きっと、、先にバイクが、そして一台のタンクローリーが、そして我々が乗船。右舷の一番先に収まる。

さっそく車から貴重品を入れたバックを担いで、上の船室にあがる。サロン風の部屋(TVとバーがある)、食堂、それとGame機のある部屋があった。我々は食堂に行く。乗客はあまり多くない。出航して暫くすると食堂に暖かい料理の用意ができたとのアナウンス。さっそくカウンターの前に並ぶ。セルフなので、お盆、ナイフ、フォーク、スプーンなどを持ち、私は水(Sparkling、炭酸入りのもの、これ結構気に入った)も。そして暖かい料理の前に、、Vegitable soupとLasagnaとパン。Lasagnaにはビーンズ、ポテトつき(この量が滅茶苦茶多い)、合計GBP7くらい。これ、きっとカロリー凄いと思う。席についてピースサイン、、うまい。

そうだ、今晩の宿を確認しよう。Ferryのことばかりに気をとられていた。バックをいくら探しても見つからない。どうも、今晩泊まるB&Bの予約シートを忘れたようだ、、(私はこの後急に無口になった、とDr.Uは感じたとか、、さすがに優秀な神経内科医だ(笑))。その後2020にPORT ELLENに着いて、車に乗りIsle of Islayに着いた感動よりも宿のことが心配。ただ私は道路地図の地名の町の名前を赤で囲ってあった(BRUICHLADDICH)、そしてB&Bの名前の頭文字'A'とメモが。これを頼りに、とにかくBRUICHLADDICHまで行こう。

PORT ELLENの町は真っ暗だ。でも地元ドライバーは町をほんの1-2分で通過して郊外へ出ると、真っ暗なA846を高速で飛ばす、飛ばす。街灯もない。地図を見ると確かにほとんど直線だけど、真っ暗道路を50MPHで走るのは怖い。ドライブしているDr.Uも寡黙になる。かなり速いと思う我々を追い越して行く地元のドライバー、、もうWRCのつもりか(笑)。町をでてちょっとで前を行く車が急に左折した、、と、Dr.Uは直進、だって標識なし、、直進しても後ろを追ってくる地元の車はない、振り返るとみんなあそこを左折して行く。道を間違えた、、戻る、Uターンしたいが狭い道でなかなかスペースがない、、やっと見つけてUターン、先の場所に戻り、地元の車が行くほうに向かう。

起伏のなだらかな道路を高速で進む、と、左に明かりが、、遠い、近づくと、そこは飛行場だ。小型飛行機が沢山泊まっている。確かBAもGLASGOWあたりから定期便をだしているはず。いましばらく進むと島の中心であるBOWMOREに入る。ここは港町で坂の頂点に教会がある。有名な蒸留所BOWMORE DISTILLERY(SUNTORYが資本提携)があるのだ。あっという間に通過。大きく左にカーブしてPORT ASKAIGへの分岐部を通過、ここにも宿があった、、もうじきBRUICHLADDICHだ。目をこらす。なんだか林の中のようだ。車のライトだけが先を照らす。月明かりも少し、、星もでているか。左側も真っ暗だけど、どうやら海だ。

すると、、道路右にB&Bの看板が、、Dr.Uに車を止めてもらう。左側から車を降りて、B&Bに走る、看板をよく見るとANCHORAGEの文字が、、Aだ!玄関、ドア、、呼び鈴を押す、ならない、ドアノッカーを押す、いや叩く!しばし、長く感じたが、、中から背の高い女性がニコニコしながら現れる、、Good evening, my name is Takaragi and had reserved tow beds tonight. It's very hard drive from Port Ellen because no streetlight なんてことを言ったら、彼女Ms Anneはニコニコと、、でもStarlightがあるでしょう、なんてことをおっしゃる。彼女は車を奥の駐車スペースにと案内してくれる。私は両手を挙げて万歳、ガッツポーズ、、Dr.Uは、その意味が分からなかったらしい。荷物を持って部屋に、鍵を受け取る。朝食が0730と聞いて、、2階の部屋に通される。Bath roomも清潔だ。どうやら客は我々の他に2組らしい。風呂に入る。明日の予定を立てるまでもなく熟睡。とにかく寝つきはいい。。

21(WED)[Photo album] おはよう、快晴!朝が早くなってきた。まだ7時になってない。ごそごそ起きだして、バスルームに、シャワー、トイレをすませて荷物を整理。1階の食堂に移動。すでに2名の先客、食事中。Ms Anneはニコニコ、Good morning! さっそく食事を注文する。オレンジジュース(私は乳糖不耐症なので、牛乳は駄目。飲むときっちり30分くらいで腹痛、便意をもよおして下っちゃう(苦笑))、コーヒー、卵、ベーコン、ソーセージ、トマト、ポテト、、とにかくたっぷりでてくる。で、食事をのんびりしてたら、彼女曰「仕事にでる時間なので、清算を、、」「。。」で、二人でGBP35(depositでGBP7いれておいた)。「鍵はそこのトレイにいれておいて、、」「玄関の鍵は?」「あけたままでいいわ!bye!」といってでていっちゃった。

もう我々2人しかいない。玄関開いたまま。泥棒いないんだ。物でもなくなったら、我々日本人2人が怪しまれるんだろなぁ、、島の人口3000人だから、、そういえばいちのかみさんの実家(都心下町)も、付き合い始めた当時(1973年ころ)は、玄関にかぎかけない、、これにはビックリだった。うち(恵比寿の店)はその頃でもしっかり鍵かけたけど。とにかく誰もいない家の中を回ってみた。他の客室も見たけど、、ダブルベッドだった、、男二人の我々はツインでないと(苦笑)。もっともイギリスでは同性結婚を認められるようになったらしい。歌手のエルトン・ジョンがさっそく男性同士で結婚するとか。成熟した個人・民主主義の国、人に迷惑かけないならOKなんだ。表にでると、昨晩真っ暗だった道路の反対側は海だ。今日は静かな海。宿の隣は蒸留所、BRUICHLADDICH DISTILLERYだ。

荷物を車に積んで、地図(2MB)を確認。さっそくPortnahavenを目指す。荒涼とした海岸沿いの道路を進む。対向車も追い越す車もない。途中、幼稚園らしい建物があった。人口3000人だと、、子どもは何人か。。人影はない。遠くに灯台が見えた。すっと道をくだると海岸沿いの通りに、民家があるが人影はない。更に進む、、行き止まりだ。車を降りて歩く、と、向かいに灯台が見えた。灯台までは歩けない、、ほんの少し離れた小さな島に灯台はある。記念撮影。赤い公衆電話ボックスはペンキがはげていた。そういえば昨日のフェリーの中で、中高生らしき女の子がNokiaの携帯電話の箱をニコニコしながら持っていた。もう、携帯電話なんだ。「家、売ります!」の看板があるけど、、誰が買うのか、、、そうだ、町田の小児科医で興味を示したDr.がいるから教えてあげよう。幾らかなぁ、、来た道を戻る。

再び右手に海が見えて、しばし、、BRUICHLADDICH DISTILLERYに到着。明るい水色が特徴の門を入り、駐車場にとめる。さっそくGIFT SHOPへ。若い男性店員一人。まだ日本には代理店がないとのこと。私は中壜3本セットを購入、、でも、後日判明したけど、BIC CAMERA池袋店のリカーショップの棚にはBRUICHLADDICHがあった(笑)。表にでると蒸留釜の展示がある。てっぺんには長靴の足だけみえてる、、酒飲みが釜に入り込もうとしてる様子を面白おかしく展示。ジョーク大好きなスコッチマン。おもわずにやりだ。車を進める。今日中に7箇所の蒸留所を回ってフェリーでKennacraigまでいかなければならないのだ。そうだ、今晩の宿もまだ予約してなかった。途中のBOWMOREのTourist INformation(TI)で予約することにした。TIには妙齢のご婦人、金髪ソバージュ?BLUE EYESでじっとことらを見て、、May I help you?、、もちろん、なんでも助けて欲しい(笑)。冗談いう暇もなく、今晩、Campbeltownの宿、二人、、できればWHITE HART HOTELに泊まりたい、、彼女電話、満室。WHITE HART HOTELは、ニッカウィスキーの創業者がこちらで勉強するために留学していたときの宿。彼女あちこち電話している。しばらくして、SEAFIELD HOTELにとれたと。で、予約表を印刷しようとしても出てこない。彼女、手書きで、、DEPOSITとしてGBP7を支払う。(これが実があとで問題。)

これで宿も確保できたし、安心して進む。昨晩到着した港町PORT ELLENを通過。A846を進む。行き止まり?いえ、ARDBEG DISTILLERYだ。カーキ色?いや、モスグリーンのラベル。車もARDBEGカラーだ。さっそくGIFT SHOPに。2階はギャラリーで、地元の画家?が描いた絵を飾ってあったらしい、、らしい、というのは、値札が残っていて、絵がなかったのだ。

再びA846を戻る。次はLAGAVULIN蒸留所。駐車場に車を止めて、、人が集まっている建物に向かう。どうやら見学ツアーが始まるところらしい、、ガイドらしき人が「一緒に行くか?」「いえ、時間がないので、、」と、断り、、GIFT SHOPはないとのこと。記念写真を撮影して、、

とうとう来た、、LAPHROAIG蒸留所だ。海岸沿いにある蒸留所。ここらのピートには海草が多いので、ヨード分が多く、したがってモルトにもヨード分が多く、、それが、なにやら病院の匂いのような、人に言わせると「クレゾールのような」香、、それがいいのだ。BOWMOREへ戻る。

BOWMORE蒸留所はサントリー資本が入っているので、日の丸がはためく。さっそくGIFT SHOPに。私は買い物なし。Dr.Uは両手に荷物。蒸留所の裏側は駐車場、その先は船着場だ。記念撮影後、、出発。BOWMOREからちょっといったところで右折、PORT ASKAIG方面へ進む。なだらかな草原、、牛がゆうゆうと草を嚊んでいる。と、BUNNAHABHAINへ左折の標識。迷うことなく左折。道幅が急に狭くなる。1車線、、上がる、おりる、、進む。急に右手下に海が。民家がまったくない、、と、正面に建物が、、あれが蒸留所?違った、、ゆっくり左にカーブ、おりる、、と、海岸沿いに、あれこそ蒸留所だ。蒸留所を煙突で区別つくまでになった(笑)。

BUNNAHABHAIN DISTILLERYだ。奥に進む、けっこう大きい。屋根つきの駐車場に入る。車をロックして歩き出すと、、あちらから顔を赤らめた?日本人男性、、どうやら一人で来て、このIslayに3日間泊まるとか。3日間もなにするの?TASTING三昧(笑)。手元にはしっかりBUNNAHABHAINの袋に壜が2本あった。我々もGIFT SHOPに。1881年にできた建物と。SHOPに入ると、女性二人、レジと格闘中。レジからレシート用の紙がどんどん打ち出されてる、。私と目があうと、、ニヤっと、、私は12年物のモルトを1本。ラベルには船長が遠くを見る絵が描いてある。きっとアメリカに輸出する船乗りをイメージしたのか。TASTINGした、、25MLだけど、、私は真っ赤になる。

Islay、これは「アイラ」と読む、7箇所の蒸留所めぐり最後のCAOLILAに向かう。A846に戻り、左に進むと、、ほとんど海沿いに、CAOLILAが。またまたSHOPに。そこには女性が一人。入り口付近にウィスキー蒸留所、釜のミニチュアで製造法を展示してある。製造法より、できあがったものに興味がある、、またまたTASTING。先を急ぐ。FERRYに遅れては困る。

A846を進み、一気に下ると、、そこはPORT ASKAIG。FERRYに乗る車の列に並ぶ。3番目だ。OFFICEで出発時間を確認する。まだ時間がある。ここPORT ASKAIGにはHOTELもある。HOTELがあれがBARだって、、さっそくBARに。腹ごしらえだ。

FERRYへ乗船。船室に上がる。出航だ。旋尾にかかげる国旗はUNION JACKではなく、スコットランドの国旗(水色に白のセントアンドリュースクロス)、右手にさきほど訪れたCAOLILA DISTLLERYが見える。こうして見ると小さい。そとに白いものがチラチラ。雪だ。船室に戻り、、しばし、船内アナウンス、暖かい食事の準備ができたと、、食堂のセルフカウンターに並ぶ。ミネラル(炭酸入り)をお盆に載せる、このミネラル気に入った、、魚のフライ、ラザニア、たっぷりの野菜スープ、フライドポテト、、体が温まる。うまい。

うとうとするとKENNACRAIGに到着。ここにはホテルもバーもない。上陸。A83を右に南下する。30mileで今日の宿泊地、CAMPBELTOWNだ。右手に海を眺めながら進む、、あと数マイルの地点でゆっくり左に上がっていく、そして海が見えると、そこはもうじきCAMPBELTOWNだ。市の中心を通過して進むと、目的のHOTEL、SEAFIELDの文字が見えた。駐車場にとめて、受付へ。女性が二人。予約してあるTAKARAGIです、と、予約表(BOWMOREで貰った)を見せる。カウンター内の女性、コンピューターを弄っている、、予約は受けてない、と、、えっ!BOWMOREのTIから電話で予約したけど、誰も受けてないと、、じゃぁ、、いったいBOWMOREのTIのあの女性はどこに電話していたのだ。。とにかく、今日は満室で空きもないと。。しょうがない、、しかたない、、ため息ついていると、そのカウンターの女性、宿を探してくれると、頼む、で、ARGYL HOTELにツインが取れた。まぁ、ここの女性に落ち度はない、、礼を言ってARGYL HOTELに向かう。

WHITE HART HOTELの斜め向かいだ。100年以上も昔のホテルで天井が高い、受付に行き、、さっきSEAFIELDから電話があったはずと話すと、、恰幅のいい女性、ニコニコして、ここに名前を、、前払いGBP70。駐車場はホテルの裏。鍵は二つ(部屋用と外用)、、簡単な説明。とにかく車から荷物を降ろし、2階の部屋に運ぶ。Dr.Uは駐車場に車を回す。シャワーを浴びて、、バスルームは広い。TVをつける。BBS SPORTで、、なにやらアナウンサーは「なかむら、、」と叫んでる。目をこらすと、画面に黒髪、緑と白のジャージー、背番号25.中村俊輔だ。彼のプレーはボクでも分かるくらい頭脳的だった。BUNNAHABHAINをチビチビやりながら、、午前2時までTVを見てしまった。Dr.Uはドライブ疲れか、、隣ですやすや、、グラスにはウィスキーが残っていた。

22(THU)[Photo album]。おはようさん。。どんよりしたスコットランド風天気。朝シャワー、、食事は1階の食堂だ。天井が高い。既に、制服を来た高校生?グループと数人の叔父さんグループが食事してる。席につく。誰も来ない。で、厨房のおじさんに話すと、席で待て、注文取りに行くから、、どうやら私はせっかちのようだ(笑)。しばし、注文取りに若い男が来て、いつものとおりの朝食を頼む。今日はしっかりボリュームがあった。食事を済ませて、まだチェックアウトに時間があるので、、市内を散策。ここにも蒸留所がある。昔、ニッカウィスキー創業者「竹鶴政孝」が勉強したSPRINGBANK DISTILLERYだ。また、市内にある図書館の裏庭にはビートルズにメンバー、ポールマッカートニーの奥さん、リンダのブロンズ像がある。きっと彼らはこのCAMPBELTOWNのあるKINTYREが好きで、「MULL of KINTYRE」という曲まで作った。きっとそうとう寄付したんじゃない。SPRINGBANK蒸留所は見つからず、ちょっと寂れた蒸留所があった。それがGLEN SCOTIAで、一時閉鎖されていたものが、再開されたとのこと。

宿に戻り、受付嬢にSPRINGBANKの場所を教えてもらい、おとづれる。なんだ、宿から近い。SPRINGBANK蒸留所に行くと、、店がない、ちょうどオフィスからでてきた男性に尋ねると、GIFT SHOPはない、市内にあるリカーショップに置いてあると、、見学ツアーなら1時間後にスタートだが、来るか?いえ時間がないので、、礼を言って町に戻る。そこから100mくらいに店が。Dr.Uは買い物。ちょっと遠回りしてホテルに戻り、チャックアウト。綺麗な町並みだ。出発。またA83を北上だ。

いくちもの橋をわたり進む。FORT WILLIAMを目指す。そこはアウトドアのメッカでもあり、、冬はBEN NEVIS(スコットランドの最高峰、1344m、、双子山とでも、、頂が二つ)の山麓でスキー、夏はトレッキング、サイクリングなど。我々の目指すものはBEN NEVIS DISTILLERYだ。そこもニッカウィスキーの資本が入っている。ニッカウィスキーということはアサヒビールグループですね。FORT WILLIAMの市街地を過ぎて暫く、左折するとA830という地点にGAS STATINがあるが、行きにここで満タンにしたが、、なんとこのガソリンスタンドの向かい側(進行方向右側)にBEN NEVIS DISTILLERYがあった。なんと行きには気づかなかった。トラックがでてきた、、そこを右に入る。駐車場に止めて、VISITOR CENTERに入る。なかにはISC(International Wines & Spirits Competition)で3年連続金賞を獲得したシングルモルト12年ものがあるはず、、SHOPのおじさんにきくと、もう売り切れ!残念。(ところがInvernessの酒屋にあった。買った。池袋のBIC CAMERAリカーショップにもあった、、なんとBIC CAMERAのショップのほうが安いんだ(笑))。もうすっかり気に入った野菜スープとパンで腹を温める。

途中でガソリンを満タンにして進む。ほんの10分でCOMMAND MEMORIALが右手に現れる。これは兵士を称えるもので、この地で訓練された兵士が戦場に送られた。スコットランドの兵士は勇猛果敢で知られる。第二次大戦後に女王が訪れてモニュメントができたとか。敵国から来た我々は微妙な気持ち。わが国の兵士を称える場所は各地にあるのか。すべての県庁所在地にあってもいいはずだ。私は戦争反対だけど、、いまの生活ができるのも命を落とした兵隊さん、焼夷弾で亡くなられた民間人、原爆でなくなれた広島、長崎の多くの方々のおかげとも考えている。Dr.Uも多くを語らず車に向かう。遠くにBEN NEVISが望める。これなら明るいうちにINvernessに戻れそうだ。夕食は?Dr.Uは中華がいいと、、ボクも異存はない(笑)。

23(FRI)[Photo album]快晴。朝食を済ませる。車を返す日だ。Inverness郊外の名所を2箇所訪れることにした。CAWDOR CASTLEFORT GEORGEだ。CAWDOR城は実際にCAWDOR伯爵が住んでいる、手入れの行き届いたお城だ。シェークスピアのマクベスにもこの城がでてくる。フランス式の幾何学的模様の庭、ちょっと荒々しい英国風の庭、野生の森そのまま、迷路状の庭、ゴルフコース(有料でラウンドできる)、、場内は撮影禁止なので、写真はないけど、、綺麗なお城でした。A96を挟んで反対側に、つまり海側にあるのがFORT GEORGEだ。ここは各国語の音声で聞けるガイドツールつきで回る。現在も実際に軍人が生活しており、講義などを受けている。なかにはスコットランドの軍隊の歴史を展示する博物館もある。この中を見ると、イギリスは有史いらい戦争の国ですね。日本は第二次大戦で終わったけど、イギリスはその後も、、中東戦争、フォークランド紛争、そしていままたイラクと。この博物館には第二次大戦中の日本軍の装備が展示されていたけど、、英国軍の装備と比較してとっても小さい。ショーケースの中に、寄せ書きのある日の丸がとめてあったけど、、塩の文字が、、英国軍が戦地から持ち帰ったのでしょうね。

これで車ともお別れ。レンタカー(THRIFTY)店頭へ、、返車。ちょっと車をチェックしてサイン。Inverness市内まで歩くことにした。雨がポツポツ。徒歩、、十数分で市内に、、古いショッピングモール、そこには鹿肉を売る肉屋も、汽笛を鳴らしながら頭上のレールを走るおもちゃの汽車を売るおもちゃ屋さん、、市役所の向かいにはマクドナルド。夕食まで宿にもどり仮眠。その間Dr.Uは宿周辺を散策。中華が旨かった。明日は5:00にタクシーが来る。宿の清算を済ませる。短いようで長い、、長いようで短いスコットランドツアーだ。

24(SAT)[Photo album]まだ暗いうちに目が覚める。前の晩に荷物のパッキングは済んでるので、玄関に向かう。正確に5:00、玄関前にタクシー到着。荷物を積んで、暗い中を市内を抜けて、慣れたA96を進む。あっというまにInverness Airportだ。まだほとんど人がいない。ロビーで待つことしばし、、やっとセキュリティチェックが始まる。通過。待合室、バーが開いた。コーヒーを飲む。なにやらアナウンス、、「たからぎ」といわれたような、、ほっておいたら、係り員が、「Mr.たからぎか?」「ちょっとこちらに、、」何事か、あとをついて行く。そこにはDr.Uの荷物を前にして係員が、「これは貴方の荷物か?」「いやDr.Uのものです」「じゃ、lここにDr.Uを呼んでくれ」、、待合室にもどる。Dr.Uに話を告げる、、Dr.Uが係員のところに向かう。しばし、もどってきた、、どうやら預けた荷物に入れたデジカメ充電器のコードが、X線検査でなにやら怪しい電線に見えたようだ。ちょうどテロ騒ぎでかなり厳しくチェックしている。無罪放免。そろそろ日がでてきた。アナウンスもなく搭乗時刻。静かに進む。機内に落ち着く。あっという間にTAKE OFF、安定すると朝食。食事をサーブする搭乗員はなんと行きと同じ、、金髪派手めのお嬢さん、上品なブルネットのエキゾチックな女性(私はこちらが好み(笑))、、Dr.Uは金髪お嬢さんらしい、、彼が撮った写真、ピンボケですよ。

2時間弱でロンドン郊外GATWICKに着陸。荷物を受けとりHEATHROWまでのバス切符を買う。BAの乗り換えのチケットを見せるとちょっと安くなった。バス1時間強。けっこう車が多い。週末だからか。BAはTERMINAL 1だ。4つのTERMINALを間違えると面倒。時間はけっこうある。残りのポンドを使おう。細かいので、チョコを買う。そうそう、ウィスキー買ったときに貰ったVAT formを税関にだしてVAT変換手続きしなければ。ビルの端っこにある税関に向かう。カウンターで買ったウィスキーを見せて、VAT formを提示。係員が確認してスタンプを押して返してくれた。それを糊付けしてポストに投函。これで2−3か月後に、私のVISA CARDに返還されるはず(これ、今月のVISAの明細書に記載されていた)。およそ3000円だけど、、

そろそろ時間だ、、モニターにやっとGATE番号が表示されたので、進む。搭乗口にはまだ人はまばら。東京に向かう人は少ないのかな?GATE closeの30分前になったら大勢集まってきた。ほとんど満席だ。静かに搭乗が進む。機内に収まりシートベルト。これでもう明日の午後には成田だ。離陸。暫くして飲み物。当然、シャンペンといいたいところだが、、スパークリングワインということで、、Dr.Uと乾杯。そして赤ワインも。いつの間にか眠りにおちる。目が覚めると食事の準備、、またワインだ。シートにあるモニターでメニューを選ぶ。映画はブラピとアンジェリーナジョリーの「Mr. & Ms Smith」をやってる。他に面白いものがないので、ついつい見たけど、、つまらん!B級アクションってとこか。。。眠る。

25(SUN)なんでも東京は気温が低いらしい、、成田に到着。Dr.Uとも次の旅をいつか実現と約してリムジンバスに向かう。すいている。水天宮から地下鉄で帰宅。荷解きはあと、、

なんとか写真を見ながら思い出しながら記録した中年おっさん2人のスコットランドモルトの旅はこうして終了。英語の苦手な中年おやじがなんとか、しかしとっても快適に楽しくスコットランドを旅行できたのもかの地の人々の暖かさ、とりわけTourist Information of InvernessのBobには心から感謝します。彼の助けがなかったら、これほど楽しい旅にはならなかったし、再びスコットランドを訪れたいとも思えなかったでしょう。ご購読感謝。写真はこちらからご覧ください。